国民的人気グループ「SUPER ELGHT(元:関ジャニ∞)」のメンバーとして、長年にわたりテレビや舞台、音楽シーンの第一線で活躍し続けている横山裕さん。

端正なルックスとバラエティ番組で見せる親しみやすいキャラクターで多くのファンに愛されていますが、ネット上では「横山裕はハーフなのか?」や「幼少期が壮絶な苦労人だったって本当?」、「弟が記憶喪失?」といった噂や疑問が頻繁に検索されているようです。

そこで今回は、そんな横山裕さんの気になる噂や疑問について徹底調査をし、詳しくご紹介していきます。

目次
  • 横山裕はハーフ?噂の真相とは
    • 横山裕がハーフと噂された理由
  • 幼少期から壮絶?苦労人エピソードとは
    • 複雑な家庭環境
    • 中学卒業後は建設現場で働いていた
    • 最愛の母親の急死
  • 弟が記憶喪失?噂は本当?
    • 母親の死によるショックから記憶喪失に
    • 横山裕の献身的なサポートで回復
  • まとめ

横山裕はハーフ?噂の真相とは

甘いマスクとすっきりとした顔立ちから、「もしかしてハーフなのでは?」と噂されることもある横山裕さんですが、ネットで「横山裕」と検索した際にも「ハーフ」というワードがサジェストされることもあります。

調査の結果、結論から言うと横山裕さんはハーフでもクオーターでもなく両親ともに日本人の純日本人です。

横山裕がハーフと噂された理由

そもそも横山裕さんに限った話ではありませんが、他にも小島健 ハーフ説など男性アイドルでハーフの噂がある人物は少なくありません。

しかし、なぜこれほどまでに横山裕さんのハーフ説が広まってしまったのでしょうか。そこには主に3つの理由がありました。

1.透き通るような色白肌と深い顔立ち

横山裕さんと言えばその透き通るような色の白さと、すっと通った高い鼻筋を思い浮かべる人も多いでしょう。そのビジュアルから外国人やハーフの印象を少なからず受ける人も少なくなく、ロシアやヨーロッパ系のハーフなのではないかと見誤れることが多いそうです。

2.「横山裕」という名前が芸名である

「裕(ゆう)」という名前は本名ではなく、彼の本名は「横山侯隆(きみたか)」と言います。当時のジャニーズ事務所に入社した際、故・ジャニー喜多川氏から口癖であった「You(ユウ)」から「裕」という芸名が名づけられました。

本名と芸名のギャップや、由来の珍しさも噂に拍車をかけたのではないかと思われます。

3.一時期噂された「ロシア人ハーフ」説

ジャニー喜多川氏が「裕」と名付けた際に、「僕の知っているロシア人ハーフの『ユウ』に似ているから」という趣旨の発言をしたというエピソードはファンの間では広く知られています。

このエピソードに尾ひれがついて「本人もハーフなのではないか?」と誤解されたまま広まってしまったのも要因の一つでしょう。

幼少期から壮絶?苦労人エピソードとは

華やかな芸能界の第一線で輝き続けている横山裕さんですが、その生い立ちは決して恵まれたものばかりではなく、幼少期から青春時代にかけていくつもの困難を乗り越えてきた「苦労人」として知られています。

そんな横山裕さんの苦労人エピソードをいくつか見てみましょう。

複雑な家庭環境

横山裕さんが3歳の頃に両親が離婚しています。その後に母親は再婚しましたが、その再婚相手である義父との関係は非常に複雑なものでした。

義父からは厳しい接し方をされることも少なくなかった横山裕さんは、幼いころから肩身の狭い思いを強いられ、一時期は家庭の事情から母方の祖父母のもとに預けられて生活をしていたそうです。

中学卒業後は建設現場で働いていた

家庭の経済状況が厳しかったこともあり、横山裕さんは中学校を卒業後は進学をせずに建設現場(鳶職・建築関係)で働き始めました。

この頃には既にジャニーズ事務所(現:SMILE-UP)に入所していましたが、15歳にして社会に出て汗を流して働き家計を助けながら、仕事が終わった後にダンスレッスンに通ったり、現場仕事の服装のままオーディション会場へ移動したりしていたエピソードは非常に有名です。

最愛の母親の急死

横山裕さんの人生において最も大きな悲劇の一つが、2010年5月の母親の急死です。

当時、関ジャニ∞のソロコンサートツアー中だった横山裕さんですが、母親が地元の大阪で買い物中に突然倒れ、50代という若さで他界されました。

最愛の母親を突然失ってしまった悲しみは計り知れないものでしたが、横山裕さんはプロとしてステージに立ち続け、ファンの前では悲しい顔を全く見せずに公演をやり遂げます。のちにテレビで母親への感謝を涙ながらに語るシーンに、多くの視聴者の胸を打ちました。

弟が記憶喪失?噂は本当?

横山裕さんの検索ワードで頻繁に目にする「弟 記憶喪失」という衝撃的な噂ですが、実はこれは噂ではなく、本人が公式に明かしている事実なのです。

横山裕さんには6歳下と8歳下の2人の腹違いの弟がおり、記憶喪失になってしまったのは6歳下の次男でした。

母親の死によるショックから記憶喪失に

2010年に母親が急死した際、一緒にいたのが当時20代前半だった6歳下の次男だったそうです。

大好きな母親が目の前で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった精神的ショックは想像を絶するもので、あまりのトラウマから次男は記憶障害を発症してしまい、一時的な記憶喪失状態となってしまいました。

横山裕さんが病院へ駆けつけた時、弟さんは横山さんのことすら認識できないほどの状態に陥っていたとのことです。

横山裕の献身的なサポートで回復

横山裕さんは、弟の記憶を取り戻すために仕事を調整しながら必死にサポートを続けてきました。

幼少期に一緒に行った場所や、家族の思い出が詰まった公園・お店などに何度も訪れたり、2人きりで旅行に行って弟とゆっくりと向き合うための時間を作るなど、寄り添い続けます。

そして横山さんの献身的な愛情とサポートが実を結び、およそ2年の歳月を経て弟は無事に記憶を回復することができました。

まとめ

国民的人気グループ「SUPER ELGHT(元:関ジャニ∞)」のメンバーとして、第一線で活躍し続けている横山裕さんは、「ハーフなのではないか」や「幼少期から苦労人だった?」、「弟が記憶喪失?」といった様々な噂がネット上で囁かれています。

調査の結果、横山裕さんはハーフやクオーターではなく純粋な日本人であることがわかりました。また、「幼少期からの苦労人」や「弟が記憶喪失」という噂は真実であり、弟さんの話は本人の口から明かされています。

様々な試練や悲しみを乗り越えて家族を守ってきた横山裕さんは、プロとしてファンの前では決してつらそうな姿を見せることはなく、私たちを楽しませてくれていました。

これからも多彩なエンターテイナーとしての活躍を期待しましょう。